父が亡くなったのが2月。遺産相続の手続きが全て終了したのが7月頃。
それでようやく解放されたかと言うと、まだそういうわけではなくて。
まぁ、このさき1周忌とか3回忌とかもあるので、それはそれで本音を言えばため息が出てしまうのですが、しなければしないで父に申し訳ない気もするし。
今思い悩んでいるのは、義姉妹が家族で父のお墓参りに来たいという申し出をしてきたこと。
いや、気持ちは嬉しい。素晴らしい精神、試みだと思う。
では、私側としてはどういう気持ちかと言うと、正直、疲れている。そっとしておいてほしい。母の介護生活、他にも諸々な事が他にもあり、雑事に追われる日々である。
本当に、父の話をすることになれば、涙が止まらなくなるし、思い出す機会を作ると言うのは正直、辛い作業でもあったりする。
なので、平時の生活に戻って、父とは自宅の小さなお仏壇の前で、毎日手を合わす。あとはお盆や命日にお墓参りに行こうかなくらいの距離感だったりするのであったりもする。
義姉妹ご家族が遠方からはるばるやって来る。かなり早朝から出発しないと、お墓の近くの集合場所にはたどり着かない。その後、車の誘導をするか、人数によってはうちの車に乗っていただき、お墓にお連れする。その後は皆で食事をしようというという事になっている。その段取り、私がある程度やらなければならない。
この病気になってからというもの、人付き合いは正直苦手であったりする。義姉妹ご家族が悪い人、そういう訳ではない。初めて対面した時の感触では、凄く良い人達だった。それでも、コチラとしてはまた気を使って対応をしなければならない、それが少々苦痛だったりもする。
いや、うちのお墓、凄く小さんだ。樹木葬。ホント、お風呂のタイルか?ってくらい小さい墓石。父だって義姉妹が家族連れてやってくることは想定外だったと思う。まぁ、そう考えれば父が喜ぶだろうから、義姉妹を連れていく事は悪い事ではないだろう。私の心がけ次第の問題。
願わくば、毎年来る、そういう事態にならないでほしい。それくらいかな。いくらなんでも、何百キロも離れた所からわざわざ来るのは大変過ぎる。申し訳ない思いもして仕方ない。
今年中には来たいというので、その日が来るのを待っているのであるが、介護生活をしている身としては気を使うのが辛いので、いくら義姉妹とはいえ、しょっちゅうこちらに来る、そういう申し出はしないでほしい。そっとしておいてほしい。それが本音だったりする。平穏な生活。それを希望している。
お墓参りしたいなんて、よく言ってくれたものだと思う。私が逆の立場だったらそこまで積極的にはなれないだろうし、まず相手の生活圏への侵入を躊躇うだろうと。遠慮してしまう。でもまぁ、相手も父の実子であるわけなので、お墓まいり、したいのだろうな。実子。そうだよな。子として当然の気持ちなのだろう。私との関係も悪くはないのだし、申し出を試みるのは当然なのだろう。
私の考えが幼稚なのだろう。自分中心過ぎる。そう自分の至らなさを考えれば、義姉妹の来訪も頑張って受け入れられるだろうか。悩みどころではあるのだが、もういい大人なのだから、なんとか前向きにとらえたい。
はぁ、なかなか落ち着いた生活が出来ないな。何かと行事があって、忙しい気がする。落ち着けない。介護にかかるお金も何だかんだと値上がりしていて、そういう生活苦もあったりするので、経済的にも辛かったりするんので、落ち着いた生活を送りたいのだが、許してもらえない。そもそも、この今の中年という世代にいる私は、落ち着いた生活をするにはまだ早いのかもしれない。悩ましい。
話しは変わるけれど、この頃のニュース。自民党の総裁選で初の女性総裁、高市早苗氏が選ばれた、と思ったら公明党が連立離脱した。公明党の気持ちも分からなくはない。自民党の役職に裏金問題議員の一人が名を連ねている。長く政党をやっていると、こういう汚い政治問題も一つや二つ、出て来るものだろうな、そう深く問題視していないのだが、クリーンな政治を求めていないわけではない。ただ、歴史が長すぎて色々とほころびの一つや二つある物だろう、という感覚でいるくらいである。修正力、それが試されているのが自民党の現状であろうか。
野党が散々言う政治空白?いや、政治家の皆さん勝手に政局作ってるだけでしょ。現実ごらんなさいな。今誰を総理大臣に指名しようかと画策し、少数与党側、野党連合作成して新たな大きな数を作ろうと動いている側。それ、どっちに転んでも少数与党では?
クリーンな政治?もちろんそれを望みますけど、国の予算、何兆円なんて規模のお金を動かす人達が、お金の計算が出来ないのも困るけど、大きなお金の動かし方を知らない人でもちょっと心配になったりもする。
また話は飛ぶが、今の政策は現役世代・若者世代向けであったりする。年寄りに優しい時代は終わった気がしてならない。まぁ、お年寄りはバブリーな時代を生きてきて、思った以上に高収入な人もいるし、お年寄の年金等々を支えているのは今の若者世代。若者世代にとって目の敵となってしまったお年寄が、人生100年時代を生きている。長寿は悪く無い事なのだが、果たして長寿が幸せなのか?という疑問も若干あったりもする。
うちみたいな介護をしている身としては、医療費・介護費その値上げは痛い出費。もちろん、医療関係者や介護をしてくれる人達のお給料とか働く環境は悪くなって欲しくないけど、介護老人が多くなる日本の今後の事も、忘れないでほしい。私だって、いつかはお世話になる制度なんだから。まぁ、母を見送ったら、あまり長生きはしたく無いのだけど。
そういう意味では、尊厳死?そういったことも、ある程度いつかはテーマにすることになる日が来るのかな?そう考えたり考えなかったり???長寿を願う人ばかりとは、限らないんだな、そんな気持ちもちょっとだけ分かるようになってきました。
最後まで生き抜きたいけど、意識のしっかりあるうちに、自分の最期を決めたいかなって。そんな事すら考える、そんな生活をするようになりました。お金の問題もあるし、長生きしてもお金がかかるだけ。人に迷惑かけない程度の内に、最期を迎えられたらいいんだけど。といって、迷惑かける死に方も駄目なのよね。難しい。人生の終わり方。どうしたものか? そんな先のことすら考えている昨今です。